2016年3月31日木曜日

バイクのマフラー今昔物語

私の仕事のストレス解消は、シグナスX通勤です

こいつで飛ばして帰ると疲れも吹っ飛びます

ナップスベイサイド幸浦店で
あのトリックスターのNinja H2Rをパワーチェックしたんですね!
http://sachiura-naps.seesaa.net/article/435874321.html

私のNinja H2を測定したのと同じ場所!

さて私のNinja H2もECUはフルパワーにしたので
あとほしいのは

マフラー

いいなヨシムラ・・(開発中)

抜け良さそうーっ

とにかく私はバイクを買ったら

マフラー交換します笑

ハイパワー車にマフラーは重要で(こ、これ?笑)
88ccフルチューンゴリラも

ノーマルマフラーに戻すと
パワーバンドが完全に無くなります笑
もっさりした街乗りバイクになります

以前乗ってたZX-12Rも

車検のために自作の詰め物をする
まっったく走らなくなります笑

詰め物なしだと完全に筒抜けだったもんなあ 

富士山五合目に登ると
アフターファイヤーの炸裂音が山にこだましてたもんな
(こらーっ)

まだ触媒も無く、完全ストレート
官能的な咆哮を楽しめる時代でした

我々の世代は
RPMの4-2-1管に憧れた世代です(写真拝借)

親しい友人が16歳の頃Z400GPにRPM管入れてたけど(拝借)
いい音だったもんなあ

4-2-1で最高に美しいのは、ワイバンのZX-12R用


後ろまで2本が長く伸びます

先日袖ヶ浦走行会でZX-12Rの方が入れてました
かっこいい~

ただしNinja H2でマフラーを作ろうとしても
Ninja H2は車両製造台数が極端に少ない

あの大失敗と言われたAZ-1でも、作られたのは4千台

それに比べ大成功と言われたNinja H2でも
日本での出荷台数は7~800台と言われてます
その中からマフラーを買う人はさらに少なく

金をかけてマフラーを開発しても
2~3本しか売れなかったら、元は取れないでしょう・・
マフラーメーカは厳しいですね

いや、日本のマフラーメーカはすごいですよ
そのマフラーの売上で自らワークス活動までやるのですから
世界で類を見ません

BEETもよくNinja H2用のフルエキをすぐ出しました
世界で類を見ません

BEETは我々の世代のノスタルジック・ヒーローで

私が被ってた16歳の頃のメットに貼ってあります!
(まだ持ってるのか笑)

さてマフラー関係の朗報は

今月号のヤングマシンを読むと

日本独特の近接排気騒音規制が4月から撤廃されるようです

近接排気音で大ピンチの図笑

撤廃されれば
欧州のかっこいいバイクもそのまま日本で売れる

例えば欧州のザ・モーターサイクル・アート

MVアグスタの

ブルターレ・ドラッグスターは

本来アーティスティックな3本出しマフラーですが

これが日本仕様になると

無粋な普通のサイレンサーに無理矢理されちゃいます
(買った人ゴメン!)

MVアグスタにこれはないでしょう

まるでパリコレのカリスマモデルに

モンペを履かせるようなもの(大変失礼)
そんな様相に見えます

昔流麗なピアッツァをデザインした巨匠の方が
日本で売り出されたピアッツァのフェンダーミラーを見た時
激怒したとかしなかったとか・・

そんな時代の事件を思い出しました

どうせこれからNinja H2用のマフラーを出すなら
4月以降の方がいいですね笑

2016年3月30日水曜日

熱しやすく冷めやすいのは、車バイクか、人間か

だんだん暖かく、花粉とともに春がやってきましたね

この先いったい何度、満開の桜を見ることができるだろう?
https://www.youtube.com/watch?v=oJtRW_5OBjU

気がつけば五十路になる私がいる笑

桜より先にこんなバイクに乗れなくなりそうです!

結局ずーっと車バイクで走り回る人生でした~
(北海道の海岸ぼっち)

マニアックな私は会社で話が通じる相手も少なく
けっこうぼっちですが
(こんなバイク乗ってるの500名の会社で私だけかも笑)

ジムニー仲間やバイク仲間と会うと
話が通じ過ぎて恐いです笑
モンキーBAJAの話とか平気で通じる!)

こないだお会いしたこの方も
「北海道は原付で行った」
その時一番大事な持ち物は「ピストンとシリンダー」笑

この世界はいろんな人と会うほど
頼もしいほどの筋金入りの方がいらっしゃいます

さて、「清里 歴史」でヤフー検索すると
いろんな情報が出てきました

清里ブームのきっかけはあの「日本列島改造論」からはじまり

火付けはマンガの影響があった模様(貴重な資料がいっぱい笑)

そういえば軽井沢も「軽井沢シンドローム」というマンガがありましたね
(ちょっと車通のマンガでした)

その後ブームが去り
清里駅前の土地は1坪500万円から、今は3万円に・・」と
あ、レストラン・ロックの舩木さんのコメントが載ってますね

人間というものは残酷で
ブームを作っては、その後「それはもう古い」と否定して・・

よく考えたらそれをやってきたのは
私達の世代かもしれません・・

清里を持ち上げては、行かなくなり・・

ハイソカーブームを作っては、乗らなくなったり・・

ちなみにハイソカーブームの頃、私が乗ってた車はこれです
(アクティ550改)
これでシャコタン走りしてました笑
育ちが分かりますね~

四駆ブームを作っては、飽きたり・・

スーパーカーに惚れては、冷めたり・・

レーサーレプリカブームをあおっては、見捨てたり・・

「私をスキーに連れてって」は、あっさりやめたり・・

六本木のカローラも、悲運のAZ-1も、バブル崩壊も

我々の世代がみんな関与したかもしれません・・

その浮き沈みの罪滅ぼしのために
人生の最期に何か車バイクで貢献できれば・・

そんな心境になったりします